毎日、仕事や家事をこなしているのに、ふと「自分は何のために生きているんだろう」と胸の奥が空っぽに感じること、ありませんか?
「まじめに頑張ってきたはずなのに、なんだか満たされない」 「SNSで他人の活躍を見るたび、自分には何もないと焦ってしまう」
僕は大学1年生ですが、今までの人生の中で虚無感を感じる場面は多々ありました。
例えば、受験勉強がつらい時や部活で思うような結果が出せなかったとき、さらには受験勉強が終わって大学に合格したにもかかわらず、燃え尽き症候群的な感じで満足することができない。
受験勉強はつらいけど合格して受験が終わったら終わったらで刺激が足りない。そんなときに、「人生ってなんの意味があるんだろう」「何しても幸せになれないの、生きてる意味が分からない」そんなふうに虚無感を感じることがあります。
そんなことを感じていた時にある一冊の本に出合いました。それが『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』です。
もし今、あなたが「生きている意味が分からない」「何者かにならなきゃいけない」という重荷に苦しんでいるなら、絶対に読むべき本です。
今回ご紹介する書籍『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』は、私たちが囚われている「自分」という幻をときほぐし、驚くほどラクに生きるヒントを教えてくれます。

努力するのはつらいけど、しないと心が落ち着かない
僕は高校に入学し勉強と部活共に頑張っていました。「ここで努力しておけば、将来きっと幸せになれる!」
しかしずっと頑張っていると疲れも来ます。「やりたくないな」
しかしここで休憩してしまうと今まで頑張ってきたものが無駄になってしまう気もするし、周りにも抜かされてしまうような気がするので、休めませんでした。
自分をだましながら頑張った結果、高校3年生の時に体調を崩してしまいました。
しかも大学受験のときです。
精神安定剤などを処方してもらいながら、勉強をつづけました。「今休んだら大学に落ちてしまう…。これが終われば楽しい大学生活が待ってるはず…」
そして大学に合格することができました。
しかしそれでも心は満たされず、読書や勉強、格闘技などを一生懸命やりました。
「大学生は時間がたっぷりあるから、ここでボーっとしていたらもったいない!!」
そんな風に思い大学に入学してからも努力を続けました。
そんな生活をつづけて3か月が経ったころ、ふとこんなことを感じました。
「一生この満たされない矛盾した感じが続くのかな…。だとしたら何のために生きているのだろう…」
将来の幸せのために頑張る。しかし頑張るのはつらい。休みたいけど休んでも心が焦りや不安でいっぱいになる。
「人生はまるで地獄のようだ…」
僕の心を楽にしたのはたった一冊の本
そんなときにふらっと立ち寄った書店で一際目を引く表紙の本を見つけました。
『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』
「東洋哲学か…難しそうだけどなんか絵が面白そうだな」
手にとってパラパラ見てみると話し言葉でかかれていました。
「なんだこれ?!」
実はこのとき、読書する気力がなかったのですが、難しい言葉などが使われてなさそうで、まるで動画のコメント欄を読んでいる気持になったので、買ってみました。
自分とか、ないから。教養としての東洋哲学について
「東洋哲学」なんて聞くと、なんだか分厚い専門書や、難解なお経のようなものを想像して身構えてしまいますよね。
でも、安心してください。この本は、いい意味でその期待を完全に裏切ってくれます。
著者のしんのすけさんは、YouTubeやSNSでも大人気のインフルエンサー。
経歴としては東大に現役合格。その後、常人離れした面接スキルを生かし、ITの大手企業に就職。しかし、自分が全然仕事ができないことに気づき、周りにもバレはじめ、退職。
そのあとは大学時代デキるキャラを装っていたことが裏目に出て、誰にも自分の無能さがバレないように生活をしていくがいろいろあり引きこもりに。
本書は、そんな著者の語り口そのままに、まるで目の前で友人と雑談しているような「話し言葉」で書かれています。さらにはいらすとやなどを使った面白い画像を使いながら、専門用語の難しい解説はなく、クスッと笑える例え話を交えながら、サクサクとページが進んでいくのが大きな魅力です。
では、この本が教えてくれる「虚無感をフッと消す考え方」とは一体どんなものなのでしょうか?
それは、「『自分』なんてそもそも固定された実体はない」ということです。
これを『無我』といいます。
私たちは普段、「ちゃんとした自分にならなきゃ」「仕事ができる自分でいなきゃ」「もっと立派な人間を目指さなきゃ」と、カチコチに固まった「自分」という存在に縛られすぎています。そして、「理想の自分」と「今の自分」のギャップに絶望して、虚無感を抱いてしまう。
ですが、東洋哲学の視点から見ると、そもそもこの世界はフィクションということになります。どういうことかというと学校の先生を例に挙げてみます。
まず一人のおじさん先生がいるとします。おじさん先生は、生徒がいることによって成り立っており、生徒が先生を先生として認めているからおじさんは先生でいられます。
しかし、このおじさん先生は全く知らない赤の他人から見たらただのおじさんです。
だったら生徒がおじさん先生を先生として見ずに、ただのおじさんとして見た瞬間、おじさん先生は先生でいられなくなり、ただのおじさんとなってしまいます。
これはこの世界のどのようなことにも当てはまります。
なので、「自分」という確固たる存在なんて最初からなくて、周りの環境や人間関係、状況によってコロコロ変わる「現象」のようなものにすぎないのです。
だから「私」=「宇宙」=「大日如来」なのです。
少々飛躍しましたね(笑)。でもこの本を読めばこの考え方に納得できるはずです。
そして人生を楽に生きることができるようになっているでしょう。
本書には、こうした現代人の心をラクにしてくれる東洋哲学のエッセンスが、クスッと笑えてグッとくる言葉でたくさん詰まっています。
毎日になんとなく虚無感を覚えていたり、「自分」という存在に疲れてしまったりしているなら、ぜひ一度この本を手に取ってみてください。きっと、凝り固まった心が驚くほど軽くなる感覚を味わえるはずですよ。


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